水俣曼荼羅水俣曼荼羅水俣曼荼羅

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372分で物語る、20年の時と場所372分で物語る、20年の時と場所372分で物語る、20年の時と場所
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11月27日(土)より渋谷 シアター・イメージフォーラム他全国順次公開11月27日(土)より渋谷 シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
賞歴賞歴
監督:原一男
エグゼクティブ・プロデューサー:浪越宏治
プロデューサー:小林佐智子 原一男 長岡野亜 島野千尋
編集・構成:秦 岳志  整音:小川 武
助成:文化庁文化芸術振興費補助金 (映画創造活動支援事業)
独立行政法人日本芸術文化振興会
製作・配給:疾走プロダクション 配給協力:風狂映画舎
2020年/372分/DCP/16:9/日本/ドキュメンタリー
©疾走プロダクション
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  • 水俣曼荼羅製作ノート
ハッシュタグ#水俣曼荼羅
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鬼才から巨匠へ
原一男の最高傑作

INTRODUCTION

『ゆきゆきて、神軍』の原一男が20年もの歳月をかけ作り上げた、372分の叙事詩『水俣曼荼羅』がついに、公開される。
原一男が最新作で描いて見せたのは、「あの水俣」だった。「水俣はもう、解決済みだ」そう世間では、思われているかも知れない。でもいまなお和解を拒否して、裁判闘争を継続している人たちがいる―穏やかな湾に臨み、海の幸に恵まれた豊かな漁村だった水俣市は、化学工業会社・チッソの城下町として栄えた。しかしその発展と引きかえに背負った〝死に至る病″はいまなお、この場所に暗い陰を落としている。不自由なからだのまま大人になった胎児性、あるいは小児性の患者さんたち。末梢神経ではなく脳に病因がある、そう証明しようとする大学病院の医師。病をめぐって様々な感情が交錯する。国と県を相手取っての患者への補償を求める裁判は、いまなお係争中だ。そして、終わりの見えない裁判闘争と並行して、何人もの患者さんが亡くなっていく。
しかし同時に、患者さんとその家族が暮らす水俣は、喜び・笑いに溢れた世界でもある。豊かな海の恵みをもたらす水俣湾を中心に、幾重もの人生・物語がスクリーンの上を流れていく。そんな水俣の日々の営みを原は20年間、じっと記録してきた。
「水俣を忘れてはいけない」という想いで―壮大かつ長大なロマン『水俣曼荼羅』、原一男のあらたな代表作が生まれた。

STORY

2004年10月15日、最高裁判所、関西訴訟。
「国・熊本県の責任を認める」判決が下った。この勝利をきっかけに、原告団と支援者たちの裁判闘争はふたたび、熱を帯びる。「末端神経ではない。有機水銀が大脳皮質神経細胞に損傷を与えることが、原因だ」これまでの常識を覆す、あらたな水俣病像論が提出される。わずかな補償金で早急な解決を狙う、県と国。本当の救済を目指すのか、目先の金で引き下がるのか。原告団に動揺が走る。そして……熊本県、国を相手取った戦いは、あらたな局面を迎えることになる。

ドキュメンタリーの
遺志をつなぐ

ABOUT

今回原一男は被写体に選んだ、水俣という「場所」と、そこに流れる「時間」。それは日本ドキュメンタリー界の巨人・土本典昭が生涯をかけて記録してきた場所だった。スタッフと共に移住し、地元民と同じ魚を食べ酒を酌み交わす。そうやって水俣の人々と暮らしながら、土本は映画を連作し、世界的なドキュメンタリー作家となったのだ。
しかし、土本が『水俣 患者さんとその世界』(1971)で記録した反公害運動の熱狂はもう、そこにはない。水俣の人たちは一見、平穏な日々を営んでいるように見える。しかし水俣病によって、いまも苦しんでいるのだ。
そこにまなざしを向けることで原一男は本作で、土本典昭の遺志を継いで見せた。
『ゆきゆきて、神軍』の原一男は『水俣曼荼羅』で、鬼才から巨匠になった

  • 『不知火海』
    (C)青林舎
  • 『水俣-患者さんとその世界』
     (C)東プロダクション
  • 『水俣-患者さんとその世界』
     (C)東プロダクション
水俣の映画、水俣の写真
ユージン・スミスと桑原史威

COLUMN

ベトナム、韓国、ロシアなどをフィールドに活躍してきた報道写真家・桑原史成(1936~)。その代表作に、水俣を被写体にした連作がある。1962年、桑原が有楽町の富士フォトサロンで開かれた個展『水俣病―工場廃液と沿岸漁民』で発表した写真は、大きな衝撃をもって迎えられた。その桑原の導きもあって水俣にカメラを向けた写真家が、ユージン・スミス(1918~1978)だ。太平洋戦争中はサイパン、沖縄、硫黄島と転戦したユージンは、翌1971年に来日。三年間、水俣市に滞在。その成果が1973年、『水俣 生―その神聖と冒涜』として結実する。太平洋をまたいで二人の偉大な写真家が挑んだ、水俣の痛み、その先に見出した美しさ……同じその光景を、原一男も見つめていた。

MINAMATA ミナマタ

監督アンドリュー・レヴィタス 脚本デヴィッド・ケスラー 原作ユージン・スミス、エイリーン・美緒子・スミス 音楽 坂本龍一 出演 ジョニー・デップ、真田広之、浅野忠信、加瀬亮、ビル・ナイ、美波、國村隼ほか
https://longride.jp/minamata/

COMMENTS

<五十音順・敬称略>

STAFF

  • 原一男監督・撮影・プロデューサー
  • 原一男

    監督・撮影・プロデューサー

1945年生まれ、山口県宇部市出身。1966年、東京綜合写真専門学校に入学するも、半年で退学。1969年、銀座ニコンサロンで個展『ばかにすンな』を開催。その会場でのちのパートナー・小林佐智子と出会う。1972年、『さようならCP』で監督デビュー。今村昌平・浦山桐郎監督、カメラマンの姫田眞左久に師事。主な監督作に『極私的エロス・恋歌1974』(1974)『ゆきゆきて、神軍』(1987)『全身小説家』(1994)『映画監督 浦山桐郎の肖像』(1997)『またの日の知華』(2004)『ニッポン国VS泉南石綿村』(2017)『れいわ一揆』(2019)他がある。

コメント

まだ、取材・撮影のために水俣に通っていたときのことだが、ある日、街角で「水俣病公式確認60周年記念」という行事のポスターを見て、私は唖然とした。この行事は、もちろん行政が主催するものだ。

今日に至るまで、水俣病の問題は決して解決していない。つまり、このポスターの意味は、行政には、解決する能力がない、あるいは解決する意思がない、ということを意味している。その行政が、何か、ご大層に、記念行事をするなんて変ではないか。変であることに気付かないところが、まさに正真正銘、“いびつ”で変なのであるが。 では、なぜ、そのような“いびつさ”が生じたのか? 結果としては、私(たち)は、15年かけて,その“いびつさ”を生むニッポン国と、水俣の風土を描くことになった。

私は、ドキュメンタリーを作ることの本義とは、「人間の感情を描くものである」と信じている。感情とは、喜怒哀楽、愛と憎しみであるが、感情を描くことで、それらの感情の中に私たちの自由を抑圧している体制のもつ非人間性や、権力側の非情さが露わになってくる。この作品において、私は極力、水俣病の患者である人たちや、その水俣病の解決のために戦っている人たちの感情のディティールを描くことに努めた。私自身が白黒をつけるという態度は極力避けたつもりだが、時に私が怒りをあらわにしたことがあるが、それは、まあ、愛嬌と思っていただきたい。

この作品で、何が困難だったかといえば、撮られる側の人たちが、必ずしも撮影することに全面的に協力して頂いたわけではないことだ。それは、マスコミに対する不信感が根強くあると思う。映画作りはマスコミの中には入らないと思っているが、取材される側は、そんなことはどうでも良いことだ。とは言え、撮られる側の人が心を開いてくれないと、訴求力のある映像は撮れない。撮る側は、撮られる側の人たちに心を開いて欲しい、といつも願っているが、撮られる側の人たちは、行政が真っ当に解決しようという姿勢がないが故に、水俣病問題の労苦と重圧に、日々の暮らしの中で戦わざるを得ないので、カメラを受け入れる余裕がない。苦しいからこそ、その実態を率直に語って欲しい、晒して欲しい、というのは撮る側の理屈だ。

完成作品は、6時間を超える超長尺になった。が、作品の中に入れたかったが、追求不足ゆえに割愛せざるを得ないエピソードがたくさんある。かろうじてシーンとして成立したものより、泣く泣く割愛したシーンの方が多いくらいなのだ。だが私たちは撮れた映像でしか構成の立てようがない。その撮れた映像だが、完成を待たずにあの世に旅立たれた人も、多い。

ともあれ、水俣病問題が意味するものは何か?
水俣病は、メチル水銀中毒である、と言われている。その水銀が、クジラやマグロの体内に取り込まれて今や地球全体を覆っているのだ。日本の小さな地方都市で発生した水俣病が、今や全世界の人間にとっての大きな問題になっている そのことの大きさを、強く強く訴えたいと思っています。

  • 小林佐智子

    プロデューサー

    1946年新潟県新潟市生まれ。幼児期に小児マヒに罹り命はとりとめたが、後遺症で両脚に重度の障害が残る。1969年、新潟大学人文学部卒業後、映画の仕事に憧れて単身上京。1972年、原一男監督 『さようならCP』を製作。映画製作の拠点を疾走プロダクションと命名する。以降、原一男との共同作業で数々の映画を発表し続けている。

  • 長岡野亜

    プロデューサー

    京都府生まれ。大学在学中に世界を旅しながら写真を撮り始める。2001 年に原一男監督が主宰する「CINEMA 塾」に参加しドキュメンタリー映画を制作。主な映画監督作品:『かけがえの前進』(02):「山形国際ドキュメンタリー映画祭2003」、『はじまりの風景』(05):「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭2006」、『ほんがら』(08) 第14 回平和・協同ジャーナリスト基金・審査委員特別賞(新人賞)、「イメージフォーラム・フェスティバル2009」観客賞受賞:「山形国際ドキュメンタリー映画祭2009」、「イメージフォーラム・フェスティバル2009」等で上映。『結い魂』(11)。撮影:『ニッポン国VS泉南石綿村』(17)、『れいわ一揆』(19)、『水俣曼荼羅』(20)など。

  • 島野千尋

    プロデューサー

    1979年大阪府箕面市生まれ。
    明治学院大学文学部芸術学科映像芸術学系列卒業後、雑誌編集、映画宣伝を経て、2014年から原一男監督のスタッフになる。 『ゆきゆきて、神軍』を定期的に上映する【夏の神軍祭り】などのイベントや書籍の企画をする。 2017年、『ニッポン国VS泉南石綿村』に制作として参加。 2019年、原一男監督とともに風狂映画舎を設立し、『れいわ一揆』を製作。

  • 秦岳志

    編集・構成

    1973年東京生まれ。大学在学中よりBOX OFFICEの映像制作部でテレビ番組、映画予告編制作を担当。99年よりフリーランスとなる。現在はドキュメンタリー映画と予告編の編集を中心に活動。編集した主な映画作品に、佐藤真監督『花子』(2001年)、『阿賀の記憶』(2004年)、『エドワード・サイード OUT OF PLACE』(2005年)、ジャン・ユンカーマン監督『チョムスキー9.11 Power a nd Terror』(2002年)、小林茂監督『わたしの季節』(2004年)、『チョコラ!』(2008年)、『風の波紋』(2015年)、真鍋俊永監督『みんなの学校』(2014年/編集協力)、小森はるか監督『息の跡』(2017年)、戸田ひかる監督『愛と法』(2017年)、『My Love 日本篇』(2021年)、島田隆一監督『春を告げる町』(2020年)、原一男監督『ニッポン国VS泉南石綿村』(2017年)、『水俣曼荼羅』(2020年)、日向史有監督『東京クルド』(2021年)など。

劇場情報

この情報は、劇場の都合により急遽変更になる場合がございます。予めご了承ください。

この情報は2021年11月16日現在のものです。

関東

地区 劇場名 電話番号 公開
東京都 シアター・イメージフォーラム 03-5766-0114 2021年11月27日(土)~
千葉県 キネマ旬報シアター 04-7141-7238 近日公開
神奈川 横浜シネマリン 045-341-3180 近日公開

北海道・東北

地区 劇場名 電話番号 公開
福島県 フォーラム福島 024-533-1717 近日公開

中部・北陸

地区 劇場名 電話番号 公開
長野県 松本CINEMAセレクト 0263-98-4928 近日公開
愛知県 名古屋シネマテーク 052-733-3953 近日公開

関西

地区 劇場名 電話番号 公開
京都府 アップリンク京都 075-600-7890 近日公開
大阪府 第七藝術劇場 06-6302-2073 2022年1月2日(日)~

中国・四国

九州・沖縄

地区 劇場名 電話番号 公開
宮崎県 宮崎キネマ館 0985-28-1162 近日公開
鹿児島県 ガーデンズシネマ 099-222-8746 近日公開
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