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原一男の日々是好日 ―ちょっと早目の遺言のような繰り言―

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ただいま、鋭意、編集ちゅう!③

「CINEMA塾」傑作“名講座”選
(タイトル未定/筑摩書房刊/来春発刊予定)
 「新藤兼人監督篇」の直しをやりながら、「おかしいなあ」と何度も呟いている。
 前回、大島渚監督の“記憶違い”について考えたが、今度は私自身が“記憶違い”をしているようなのだ。自分では「絶対に講座で質問をしたハズだ。新藤さん、キチンと答えてくれたんだから」と思い込んでいるのだが、現実的には文字起こしの中には見当たらないわけだからどうしようもない。

 どんな内容か?
 新藤監督の作品の中にストーリーと直接関係ないように思われる場面で若い女優のオールヌードがでてくる。たいがい、ちょっと豊満な女優だ。へえ、新藤さんの好みかしら?と思いながら見てるわけだが、ストーリー的にはわざわざヌードでなくてもいいんじゃないかな?と思えるのだ。これが以前から気になっていたので、新藤監督に聞いてみた。 新藤監督、曰く「若い女優さんの裸を見たいという私の欲望ですね。」「監督の特権ですよ。そういう性の欲望があって、それができるから映画監督をやっているんですよ」と。その答えが実に率直で、なるほど、と大いに得心をし、大いに感動したものだ。このやり取りを是非、今回の本の中に入れておきたいと願っていたのに。 見当たらないのだ。変だなあ、と首をかしげてみるが見つからない。アテネでの講座の時に聞いたのではないとするとどこで聞いたのだろうか? そんな機会は他になかったはずなのだが。私にとっては、大切な大切な“インタビュー語録”なのだが見当たらないとあれば残念だが仕方ない。

 本題に入ろう。
 新藤兼人監督との対話は、ドラマとフィクションとの間を行ったり来たり、という話がメインになっている。文字起こしを読み返して思うことは、新藤監督は、愚直なまでに(否定的な意味ではなく)、次は、前にやったことではなく、何かしら新しいことをやってみる、そして一つずつ自らの実感で確認していく。その繰り返し。そんな実証主義とでもいえる精神に貫かれていることだ。 私はその態度に大いに心を動かされた。飽くなき探究心、という言い方があるが、まさしく、新藤監督の態度こそ、それだ。一つのやり方をやってみる。それを踏まえて次は別のやり方を試みる。で、さらに前へ前へ…そうかというと、そうでもないのだ。また元に戻って、再度試してみる、というしつこさ(これも否定的に言いたいわけではない)。
 新藤監督曰く「これもドキュメンタリーとドラマの接近に近づきたいという、窮屈な考え方ですけど、しかしそこからひとつの方法論が生まれるでしょ。窮屈な考え方を設定していく、かぶせる…。その中から脱出するというのがひとつの映像論だと僕は思っているんですよね。」 文字通り、細部にこだわり、執拗に繰り返す、つまり自分を追い込んでいく。その中からしか、新しい方法論は出てこない、とおっしゃっている。至言ではないだろうか? 新藤監督から学ぶべきことは多い!

 内容に関して、エピソードを一つだけ紹介しておこう。
 私は思わず笑ってしまったのだが…。
 新藤監督が師と仰ぐ溝口健二監督の『元禄忠臣蔵』(41)に、新藤監督が美術監督として現場についたときのこと。 「溝口健二監督の『元禄忠臣蔵』で、討ち入りの場面が止めになったんですよ。なぜやらないかというと、人を本当に斬れない、というんです。それは嘘でしょっていうわけ。吉良の討ち入りをして、そこで相手方と義士が斬り合いっこをやる。それは斬った真似をするわけですよね。本当に斬っちゃ、俳優が死んでしまいますから、それをやりません、と言い出したんですよ。僕は、これは非常に間違っていると思いますけど、溝口さんの原寸主義の『忠臣蔵』のなかではそれが許されない。それまで本当らしいことをやってきたのに、どうも討ち入りになって斬る真似なんかやっちゃおれないということになったんですよ。それは非常に映像の大きなテーマを語っていますね。事実をやるかやらないか。」
 このエピソードは実に大きな問題提起を孕んでいる。例えば、こういう問いかけ。ホントに人を殺さなければ殺人の場面は撮れないのか?
 一方で、セックスの場面は、単に真似事ではなく、実際にセックスをすることで“本物を求める”態度が前進した。AV(アダルトビデオ)である。
 ホントにやってみないとリアルなものは表現できない、という態度、考え方は、我々の現場で採用することも多い。が、やってみることができないことも多々ある。その狭間で、我々は“リアルなもの”を追求しなければならないわけだ。新藤監督は、事例をもっと示しているのだが、それは本を読んで頂きたい。
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