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原一男の日々是好日 ―ちょっと早目の遺言のような繰り言―

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ただいま、鋭意、編集ちゅう!②

「CINEMA塾」傑作“名講座”選
(タイトル未定/筑摩書房刊/来春発刊予定)
 「CINEMA塾」講座出版に向けて直しの作業を続けているが、次は大島渚監督の部だ。

 この講座の構成を説明しておきたいのだが、全部で6講座(アテネフランセで開催したもの。深作監督の部はHAGIで開催したので除く)。一つの講座を2日間かける。1日目は、メインのゲスト監督のための“問題提起”的な内容を。翌日、いよいよゲスト監督本人の登場、という流れである。当時、ゲストの人たちが語った言葉の直しをしながら思うのだが、この2日間という構成が実に図星だったなあとしみじみ感じている。我田引水というなかれ。大島監督の部の前日は、牛山純一さんがゲストだった。主に取り上げる作品は「忘れられた皇軍」。この戦後のドキュメンタリー史の中でも屈指の傑作がどういうプロセスを経て誕生したか?について牛山さんは克明に覚えていらっしゃった。記憶というものには勘違い、記憶違いということが多々あるものだ。あるいは忘れてしまっていることも。だから、監督本人と、もっとも関わりが深かったゲストとの、記憶を付き合わせていくことで、勘違い、忘れてしまったことの補完ができるわけだ。いや、それ以上の収穫があったなあ、と実感している。記憶の誤りを正すとかいうこと以上に、二人の記憶を付き合わせることで、過去の現場の様子が立体的に、生き生きと蘇ってくるのである。記憶していることが微妙に違っても、いや、違うからこそ、というべきか、逆に、当人にとっては“そのように記憶している”ことこそが真実である、と理解されてくる。例をあげよう。韓国人の元皇軍兵士たちが請願して歩く姿を一日に凝縮して描こうと大島監督は決意する。大島監督自身が著書の中で繰り返し述べている。「彼らが陳情デモをする一日に集約しようというとき、私の中で何かが爆発した。ほとんど泣きながら撮り、編集し、ダビングした」。このくだり、実に感動的である。だが……。陳情デモの最後、彼らは宴を張る。この宴の場で、有名な“眼のない眼から涙を流す”シーンが撮影されたわけだ。この作品、一日の出来事のように構成されている。まして大島監督自身が、方法論として“一日に集約しようと…”と述べている。観る側としては、この作品は、そうなんだ、一日の出来事なのだ、と思う方が自然である。が実は、一日ではなかったのである。その宴のくだりだけ、翌日にされていたのだ。このいきさつについて牛山プロデューサーが講座で語ってくれた。私にとっては、心底、衝撃だった。このエピソードは様々なことを教えてくれる。大島監督の記憶の中では、やはり一日の出来事としてインプットされている。大島監督の脳の中では、確固たるイメージとして一日の出来事として確立されているということが重要なのである。作家という存在のありようは、そういうものである、と感動を伴って受け止めるしかないのだ。が、このことが明らかになるためには牛山さんの証言があったればこそ、なのである。付け加えるなら、牛山さんと大島監督との出会いから「皇軍」に至る経緯を語っていただいたわけだが、この証言は、映画史の貴重な1ページというべき価値あるものだと私は思う。

(2015.10.17記)
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