Docu×Docu ドキュメンタリーという生き方 - かぞくひけつ
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最終回 えいが の ひけつ
「かぞくのひけつ」
渋谷ユーロスペース公開記念特別インタビュー★ついに最終回!

【ケツから血は出るわ、手が3倍腫れるわ!!】
DOCU×DOCU
(シネマ塾通信やテキストブックを指して)塾生の裁量に任されてたんですか、
そのへんのこう内容みたいなの。
小林監督
完全に任されてもないけども監督を交えたいろんな…しょっちゅう集まってましたね。
僕らは毎日事務所にいてたし朝から夜中までいてたし、みんなも週に1回は来てたし。
DOCU×DOCU
もうでもそのとき聖太郎さんは収入はゼロですか?
小林監督
いやいや、だからそのドキュメンタリーのギャラが月に4万とか5万ぐらい(笑)
家賃が4万円やから、とりあえずメシだけなんとかすりゃ(笑)メシ自炊して、
自炊したら月1万ぐらいじゃないですか。それは貯金をちょっと下ろしながら、
目減りしていって、ギャラも減っていってみたいな(笑)
DOCU×DOCU
なるほど。
小林監督
そうそうそう、最後本の編集とかなったらもうノーでしたけどね。ま、それはね、
勉強だと思ってね!っていう、いやホント、そうですよ。それはそう。
DOCU×DOCU
かなりでも編集とかと撮影と両方あって、かなりハードだったでしょ。
小林監督
最後だからね、ダビングっていうかテレビでMAっていって音入れ作業、関西テレビで
3日間やったのかな。それも結構仕込みがあったりで、徹夜でやってて、熱が出て
ねえ。でも明日絶対行かなあかんからっていって、熱だけじゃなくって何か急に
ですね、痔じゃないと思うんだけど尻から急にブワーって血が出て、痛くてもう
座られへんようになって、だから最終日の前の晩、夜中に救急病院行って点滴だけ
打ってもらおうと思ったら、そこがヤブ医者でね、看護婦がやったんですけど、針が
静脈に入ってなかったんでしょうね。点滴って初めてだったんで、熱40度ぐらいある
ウッスラとした意識の中で「うわーめっちゃ痛い。すごいなぁ、毎日点滴やってる
おじいちゃんとかエライなぁ、こんな我慢してんのやあ」と思って。看護婦に
「ちょっと痛いんですけど」って言ったら「あ、いやそのうち慣れますから」って
言われて、「あーそういうもんなんですか」って、我慢が足りなかったんだ、と思って
我慢して。でも、すごいずーっと痛くて、20分ぐらいしても全然液が落ちなくて、
さすがに、半分以上入ったからもういいや、限界だ!と思って、パッと見たら手が
3倍ぐらいに腫れてて(笑)点滴の液が全部腕に、手首なくなってて。
ビーッて看護婦呼んだら、「あ、終わりました?ハッ!!!」
って明らかに動揺してて、看護婦が。夜中の1時ぐらいだったんですけど
「じゃ、あの、明日は一日手を上に上げといてください」
とか言われて。それ、なんかオカシイんちゃうと思ったけどシンドいし、
「はぁーもういいですわ」って。だから、MAの間中、ケツは痛いし腕は痛いしの
状態で、最後はあんまり覚えてないんですよ。ずっと中腰で、ケツ痛いから
座られへんとかって思ってやってました。
DOCU×DOCU
すごいですね。
小林監督
なんか終わったときも脱力感でしたね。充実感ていうより脱力感。あーホンマに
終わったんかな……?みたいな。で、浦山さんの本やるんだってことになって
「もう関テレのドキュメンタリーの仕事としては終わりだからね!ギャラは出せない
よっ!」いや、でもどうせその時には3万ぐらいなんですけど(笑)
「それでもやるか?」って言われて。
「いや、ここまで来たらやりますよ。いや、途中でやめるのは気持ち悪いんで是非
やりたいです」って言ったら
「おっ!」なんか意外な顔をして「そうか、やるか!」って(笑)
こんなところで人に取られたくないよ!って。最後までやらしてくれよって。で、
そっから3ヶ月くらいかな?やりましたよ。
インタビューの文字起こしは、はじめねぇ、カメラマンはテレビ局の人でビデオ撮り
だったし、監督も始めっから延々回しといてくれって言ってたんで、もうとにかく
回してるんですよね。駅について電車を降りて、その人の家を「えーっと、住所は
ドコかなぁ?」とか言うのも全部撮ってるんすよ。だから、文字起こしする時に、
これはいらんよなってはじめの部分を早送りして、「ピンポーン、こんにちは」から
にしようと、だから5分ぐらい飛ばしてやった。で、一応書いておいたんですよ、
冒頭5分なになに秒省略みたいにして。
で、監督、文字起こしできましたって持っていくと
「コレ、頭の5分には何が入ってるんだっ!」って。
「いや、これはたぶんいらないやつ・・・」
「いらないってなんでわかるんだ!!お前たちにね、そんな判断するね、あれは
ないんだよ!!!」ってガーってそれで1時間ぐらい……。
すみません、わかりましたって。
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(爆笑)
小林監督
で、悔しいから絶対やってやる!と思って、
「今日はボカポカしてますね」
「あ、僕はスリッパは使わないほうなんですよ」「そうですか」
「あ、先週ね、ワープロソフトを買いましてね」
とか、全部絶対にやってやる!とか思って。
一字一句もう「ふー」とか「えー」とかいう「え」のどれぐらい伸ばしたかも全部
やってやるとか、点もどこにハイを4回言ったとか8回言ったとか全部ブヮーって
やって持って行ったら、「おっ、ちゃんとやったね」って。
で、次の瞬間ビャーってドラッグしてプチって消された。
消すよな、やっぱりって。
DOCU×DOCU
(爆笑)
小林監督
だからいらないと思ったんだよなぁって。でもまあいい、やってやろうってそっから
全部。ただ、やり出すと面白くてね、面白いインタビューの人はすごい面白いし。
だからいまだにゴジさんの話とか、イタコのように喋れますよ。自分が文字起こし
やったやつは。うーん、面白くない人のは苦痛でね。内容のない話をベラベラする
んです、誰とは言いませんが。はぁーこれ絶対使われないよ、絶対使われないよとか
思いながら(笑)うーんでもあんときに聞いた話はすごい勉強になりました。
浦山さんの話以外に聞いた話も含めてね。
浦山さんの話以外に映画自体に対するその人の想いっていうのを、すごい色々
喋ってくれたんで。本にも使われてない事が結構あって。あれは本当に勉強に
なりましたね。
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確かに僕も観ましたけどゴジさんのトコとかね、やっぱりいいですもんね。
小林監督
そうでしょ。ゴジさん結局6時間くらい喋ってくれましたからね、一人で。明大前の
うどん屋でね。またあれがね、明大前のあの辺の住宅街ってすごい道が入り組んでる
でしょ。で、自宅に迎えに行くことになってたんですよ。僕が運転してて、で
もう一人、辞めた石川くんっていうのがナビをしてて。その彼が地図を読めない人で。
何かさっきから地図を下向けたり横向けたりしてるなーって思いながら運転してた
んだけど(笑)何か不安やなーって思いながらも「次、右」とか言うのを信じて
(笑)行ってたんだけど。
何か「ここさっきも通ったよ、石川くん」「あれ?そう?」とかどんどん迷いだして、
もう待ち合わせ時間やと。わぁ、やばい。携帯がその当時ないでしょ、公衆電話で
「チョット遅れてます」みたいな電話をして。
「いま何処なんだ」「分かりません」みたいなこと(笑)。で、10分、15分くらい
待たせたんですかね、ゴジさんを。迷いに迷って行ったら、番傘に下駄でラグビー
ジャージの(笑)いかついオッサンが出てきて
「分かんねぇなら分かんねぇって言えよな!!」って言って。わー怖えーっ!て
思いながら「すみませんでしたー!!」って言って。そっからね、今度はゴジさん
仕切りで「ココはね、ちょっと止められないからもっと裏へ着けろ!」とか何とか…。
「じゃあ、まずは機材降ろして何とかで」とか仕切り出して。そっから始まりました
ね。で、着いたら原監督は「何でこんなに遅いんだ」みたいな感じでイライラと
座敷で待ってはりまして、うどん屋の(笑)。いやぁ、とにかく色々ありましたよ。
小林監督
1回ね、相生(あいおい)っていう浦山さんが生まれた兵庫県の小さな町があって。
で、そこで再現シーンみたいな撮影をしたんですね。お父さんがいなくなって、
自殺したんじゃないかって言って兄弟が探しに行くところを、ちょっと小高い丘に
なったトコの神社でやることになって。で、夜明けを狙いたいからって言って3時
集合。夜中の3時集合にしたんです。で、その前の日にその相生市の偉いさんとかと
飲み会があるから、夕方の3時とか4時とかに監督を相生駅でピックアップすることに
なってて。だから、そのさらに前の日の夜中に、こういう「CINEMA塾」のテキスト
とかをいろいろやってあんま寝てない状態で、夜中の12時出発で。朝の7時くらい
には着くだろうという計画で。3人で交代で運転して着いたらちょっと仮眠をとって
ロケハンをして監督を迎えようとことで計画を立てたんだけど。事故渋滞か何かで
20時間くらいかかって。で、そのまま直行で監督を、寝てない状態のまま迎えに
行って(笑)。
「何だ、お前らロケハンしてないのか?」「いえ、チョット渋滞で」
みたいなことになって。そのまま飲み会に行って。
要は、ずーっと寝てない状態のまま飲み会が終わって夜中の12時ぐらいに監督を
まずその飲み会の場所から、山の上にある旅館に送って行って。で、そっから市に
用意してもらったタダで泊まれる所、これが郊外のキャンプ場だったんで、監督の
宿から1時間くらいかかる(笑)。
12時半ぐらいに監督降ろしてビューって行ったらもう1時くらい(笑)ってことは
もうあと1時間ほどで出なあかんねんけど(笑)。まぁ、でもちょっとだけでも1回
寝るかぁ…みたいなことでチョット寝たつもりが、起きたら3時やったんですよ。
慌ててキャンプ場の公衆電話からキャメラマンの携帯に電話したら
「何してんねん!?今、監督から電話があってあいつら迎えに来てないから歩いて
向かってるって電話があったぞ」って。
うわー、やってしもたーと思って。そしたら、もう一人いた友長ってヤツが
「なんで!?なんで目覚まし鳴れへんかった!?なんで目覚まし鳴れへんかった!?」
って、もうパニック状態になってて(笑)。
「いや、なんでとかもうエエねん、今もうしょうがないねんから、今原因を究明して
いる時間はないからとりあえず荷物をまとめろ」って、ガーって荷物をまとめて
車へ積んで(笑)。で、監督…監督ももう携帯を持ってたのかな。で、車を運転して
行ったら今度は夜間工事でその田舎道が渋滞してて。わー、コッチ駄目かって、
わーって。で、地図見て何か違うすごい遠回りで抜け道出て、ブワー飛ばして、
アクセルベタ踏みで行って(笑)。 で、とりあえずまず現場行って機材降ろして。たぶん顔が焦ってたんやろね。
キャメラマンに「お前、焦んな。もうしょうがないからゆっくり行け」って。
「道が暗いから山道を歩いてる監督を見逃したらあかんからゆっくり、制限速度
守ってゆっくり左右みて行け」って。「分かりました」って言って。その現場と
監督の旅館とも20分くらいあったのかな。山道を一人で、機材と友長ともう一人
降ろして、一人で運転して行って。で、左右に気を配ってたつもりなのに、ふと
気づいたら山頂の旅館まで着いちゃった。
「うわぁ、これまた見逃したな、たぶん」しょうがないから、暗い気分で旅館から
監督の携帯に
「すみません、今旅館に来ちゃいました」って電話したら
「何やってんだー!バカヤロー!!俺はさ、両手で思いっきり手を振ってたんだぞ!」
って(笑)。「お前、行き過ぎやがって」って(笑)。
それ聞いて、山道で両手を必死に振ってる監督が頭に浮かんできて笑い出しそうに
なってしまって(笑)
「すみません!」って言いながらも(笑)もちろん、
ものすごい申し訳ないとは思いながらも面白くなってしまって。で、慌てて山道を
下っていったら割と旅館に近い所で。
そんなね、人間の足やから20分や30分でそんな遠くまで行かれへん。これやったら
旅館にいといてくれたらよかったのにと思いながらも(笑)、見つけて。
いやぁ、ほんと色んなことがありました。監督には「ご迷惑おかけしました。
スイマセン」としか言えませんが。
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やっぱり、結構勉強にはなりました?
小林監督
(笑)いやー、すごい低レベルな勉強で申し訳ない。監督に申し訳ないと思いながら、
まあ、しゃあないなと思いながら。
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前も、さっきもお話しでありましたけれど、その劇映画とドキュメンタリーの
助監督ってやっぱり全然違うんですか?
小林監督
うーん、まあね。まあ、規模にもよると思うんですけど。劇映画である程度の規模に
なると何て言うか、それこそ本当に演出部っていうように、車を運転したり弁当の
手配をしたりっていうことがなくて、純粋にエキストラを動かしたり小道具のことを
美術部と話したりたり、衣装メイクのことを話したり。監督の中継であり、代弁で
あり。ある専門分野の一番その現場で詳しい人だったりするんで。もうちょっと、
こう範囲が狭まる分、深まることもあったり。うん、まあどっちがいい悪いって
いうのは言えないと思うんですけど違うと言えば違うでしょうね。どっちが自分で
面白い、面白いっていうか向いてるっていうか。
まあ、それは多少ながらも経験を重ねた後に劇映画をやってるっていうことも
あるんでしょうけど、今ドキュメンタリーをもう1回、ドキュメンタリーの助監督を
もう1回やるとまた違うのかもしれないですけど。そういう意味で言うと劇映画の
助監督、演出部っていう仕事の方が…あんまり社会生活ができないほうなんで。
時刻表調べたりとかね、弁当とか値段とか高速に乗るとかそういうことよりも、
内容のことのほうが得意分野なんだろうなっていうのは思いましたね。そういう
意味で劇映画の方が向いてたのかもしれないけど。
ドキュメンタリーも面白いですよ、本当にね。ドキュメンタリーとフィクションの
境目ってさんざんやったテーマで言うと、ね、そんなに違うもんでもないっていう
想いもあるし。ただね、やっぱりドキュメンタリーを撮るっていうハードルが自分で
上げてしまってるのか知らないけど、ね。『神軍』に勝てるのかっていう問いを
するのに、勝てる意義がないとなんかやりたくないなとも思うしね。そう考えると
やたらめったらね、両方やりまーすみたいなことはできないなぁっと思って。
いつかやりたいなとも思うし、やるならこういうことっていう想いもあるけど。
なかなかね、ハードルが高いですよね。
助監督ね、助監督……助監督ね、何でしょうね。でもさっき言ったことっていうのも
幻想なのかもしれないですけどね。その、「これこそ俺のカットだ」みたいなこと
ってね。どんどん記憶って作られていくしね。自分で一生懸命やったことが
いつの間にか完全に監督の手柄になってることだってありますしね。原監督も
いつも熊井組の山火事の話されますけど。
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式部物語の。
小林監督
やっぱりその、僕も自分なりにあったりもするけれども。そういうのがないと、
やってて面白くないし、そりゃみんな思ってるでしょうけども。
……何の話でしたっけ?結局なんか活躍できたかなあ、浦山桐郎で。
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「CINEMA塾」時代の2年間でしたっけ?なんか聖太郎さん的な総括というか、
どんな感じでしたか?
小林監督
どうでしょうねぇ。総括ねえ…勉強なったということ以上のことでいうと、
何やろなあ。結構受け売りになっちゃうかなぁ……。わりと原監督の言葉は
残ってますよ。
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名刺の中にも“活動屋”って書かれてありましたけど、 やっぱり“活動屋”って
言葉てこう残ってますか?
小林監督
“活動屋”って言葉がっていうよりも、なんかいろんな局面でね、原監督の言葉
だったり、まあ、その、長谷川監督の言葉だったりのもあるし、いろんなことが
残ってるね。そんとき、その現場で言葉として残ったことが、後から経験ていうたら
あれですけど裏打ちされるっていうか。あーそうかやっぱりそうやなぁっていう
ことで割と何回もそういう煮染めていったみたいなことはいくつか残ってて。
映画は一人じゃできない、とか、ゴジさんのインタビューにあった
「浦山さんがこんな小物の花を撮るのでも凄い気合をいれてヨーイハイをかける」
とかいうことの、その言葉面以上の……なんていうのかな。その時の思いっていうのが
すごい……割と今思い出してもグッとくるぐらいすごいいい話だったりすること
とかね。白鳥あかねさんの話とか。なんかやっぱりおもろいオッサンが多いですよ、
そう。煮ても焼いても食えなさそうな爺さんばっかりね、結構死んじゃったけど。
ああいう機会はなかなかないよなあっていうのと。 取材の現場以外の戻ってきて
からのね やっぱり、こう人を怒るってエネルギーが要るっていう、これもなんか
受け売りっぽくなっちゃうけど、って原さんはずっと言ってて。やっぱり、何がしかの
思いがないと怒れないし、それをじわじわ、あとあと受け止めてるって感じじゃない
ですかね。
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現場ではどうやったんすか?怒ったりしたんすか?
小林監督
自分の?んーまあね、それなりにはね、そんな、そんな原監督みたいなことには(笑)
なってないと思いますけど。まぁ、それぞれのね、やり方ってのはあって、ぼくと
原監督では、もちろん全然違う。おんなじようではないけど、思いは一緒でありたい
……一緒かな?どうかな?うん。でもある共通した思いは持ってるつもりですけどね。
「ヘヘン」とか言われるかもしらんけど。(笑)



【映画は人民のものなんだ!】
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よく映画監督には訊いてはいけない質問っていわれます、次回作についてなんですが。
小林監督
次回作ねえ、どうしましょうかねえ。まあ、知り合いっていうか、まあ近い
プロデューサーとかも何人か観てくれて、面白がってくれる人もいて、
そういう人から話しの来るのもいくつかあったりもするけれども、いくつか
断ったりもしてて。企画書がね、自分の企画を書かなあかんなあ、て言いながら
サボってるとこです。
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それは向こうからこんな企画でどうですか?って感じなんですか?
小林監督
あったのはね。ちょっとどうしょうもない感じの企画を。これ、イチから直せるなら
やりますよって言って。こういうところが問題、こういうところが問題、これが
問題、これが問題って、要は全部ですね、みたいなことを言ったら、
「いやあ、そんなに直す時間はないんで、10日ぐらいで直せないか、大枠は
変えないで」「いやあそれなら無理です」、みたいなね。
やっぱりね、社員監督じゃないんで、1本1本がねえ生死がかかってるんでねえ。
そうそう、『今会いに行きます』とか『何とかにのって』とかねえ、そんなもん
撮ってる場合じゃないじゃないすか。やっぱそれで死んでもいいとは思えないよね
っていう……
そんな企画と心中する気にはなれません
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この映画芸術のインタビューの最後のここに載ってるのがすごいいい言葉だなぁと
思ったんですけど。
“小林聖太郎が、この時代における人間の面白さをどう切り取っていきたいのか、
最後にその心構えを聞きたい”っていう。
小林監督
言ってましたっけ?
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小林さんがこう、
“まとめて言えばほんにこの世はままならぬということですかねえ。楽しくない
ことばかりの人生を楽しいものだとか、苦しい人生を苦しいと感じることの幸せ
とかをばかばかしく語って、で、すべて生きてるからこそなんやなあと感じて
もらえたらいいなあと思ってるんです。そして、次撮るとすれば、次があれば
ですが、社会的な視点をもった娯楽作を作っていきたいと思います。
日本映画が商売としても作品内容としても内向して閉じていっている中、社会と
コミットできる作品を作りたいです。”
というのがあったんですけど。
小林監督
間違いじゃないと自分では思ってるんですけど、どうなんでしょうかねえ。
『ブラックブック』が最近すごく面白くてね、ポール・バーホーベン、まあ変態
なんですけど。真面目なことを真面目に言ってもしょうがないしい、かといって
今のもう溢れかえっているフザケてるだけのねえ、そんなもん映画って呼びたくも
ないものを、見たくもないし、作りたいとも思わないし。
なんかね………元「CINEMA塾」生の名に恥じないように(笑)言ってみた(笑)。
いや、でもなんかねえ、今語るべきことっていうのが、浦山さんの言葉で言うと、
「映画は個人のもんじゃないんだ」っていう、そのままの言葉で言うと
「人民のものなんだ」
って……ちょっとまあ、旧左翼がかってるんですけど、でもそれは決して代々木
シンパだけにおさめられることじゃなくて、本来共有すべき問題とか、共有すべき
喜びとかいろんなものがあるはずなのに、なんかそういう問題に対して腰が引けてる
ような映画が多くて、で逆に今度それを問題視してる人達は、メチャメチャ真面目で、
教科書のように真面目にやってるのが多くて。なるほど、確かに大事なことだね、
とは思うんだけど、なんで金払って…そんなことは本読んでるほうが勉強なるよ、
みたいなのとかね、どっちかしかない。分かれてる気がして。だからその…なんか
ニッチ産業でやっていけたらな(笑)ていう思いはあるんですけど。
DOCU×DOCU
商売としても作品内容としても閉じていっているというのがなんかわかる気が
しますよ。
小林監督
なんかね、ほんとにね。ほんともう…情けなくなりましたよ。そういう
社員プロデューサーの話とか聞いてるとね。あぁこれホントにもっと松竹も東映も
東宝も潰れないとダメだなあってくらい思うんですよホントに。
DOCU×DOCU
逆に聖太郎さんが撮るような映画が商売として成立するような状況が生まれないと。
小林監督
そうそうそう(生まれないと)良くないですよね。今は独立系なりに拡大公開の
形を、映画館を確保してるとこがね、幾つかあるっていえばあるんで。まあそれは
それで色々な問題はあるんですけど…まぁそういうとこから足場を固めていけたら
なぁって…でも映画はほんとに難しいですねえ。
DOCU×DOCU
じゃあ今後は脚本とか企画を練りながら…
小林監督
そうですね…で、ちょこちょこっとバイトもしながら(笑)ほんとに。なんかね、
手に職付けないとね…。
(小林佐智子さんの声マネで)「原さんもね〜漬物の訪問販売とかしてたんだよ〜
すぐ怒ってやめちゃったけどね〜」って(笑)
「ひと月くらいでやめちゃったかな〜」
タクアン訪問販売してたらしいっすよ(笑)すごいなそれ、って思って。ま、
しぶとく…いやぁでもねぇ先行き恐ろしいですけどね。なんの保証もないからね。
まぁしょうがないですがね、そんなことは。
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今度のユーロスペースが成功すれば、いいですよね。
小林監督
そうなんですよ。
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僕らもできる限り応援しますんで。
小林監督
わー、お願いします(笑)。


【完】
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