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原一男の日々是好日 ―ちょっと早目の遺言のような繰り言―

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 〜劇場版 命て なんぼなん?〜 』 編集 急ピッチ!
 「劇場版 命て なんぼなん? ニッポン国泉南石綿(アスベスト)村」の編集が、急ピッチで進んでいる。

 足かけ9年かけて、回したテープが、60分テープを500本、我ながら莫大な量を撮影したものだ。それを2時間10分に凝縮しようというわけなので、内容の選択を悩みに悩むわけだ。

 それでも今日現在、小林が頑張って2時間25分までに縮めてくれた。が編集ラッシュをみると、外したシーンのアレヤコレヤが気になり、やっぱりアレも入れてみようよ、これも足してみようと、尺を増やす方向で言い募ってしまう私。コレじゃ“イタチごっこ”だ。ちっとも短くならない!

 そんな悪戦苦闘を繰り返しながらも次第に明確になりつつある作品の全容。これ、オモシロイかなあ?という不安が増幅する。これまで、私が思い描くような映像が撮れたという実感がなく、結局、裁判が最高裁までいき、判決が出て、運動が終結し、したがって撮影も自動的に終わった次第。ドキュメンタリーのクランクアップというものは、作り手が、撮れた! と納得をし、これで終わっていい、と自然に思える時がクランクアップの時である、と常々発言してきた私としては、まだ撮れていない、と思い続けていたにもかかわらず、終わってしまうことの不満。だが、どうしようもない。撮るべき対象がフェードアウトしてしまったわけだから。今は、コレまで撮れた映像をチェック、吟味し、構成を立て、編集をする以外に、手は無い。

 1本の大木を、彫刻家が削り、仏を彫る、というテレビ番組を見たことがあるが、不思議な思いを抱きつつ、“へえ、1本の樹の中に仏が存在しているんだ、と感銘したものだ。それに似て、500本超の撮影済みテープの中から、どのようなイメージが姿を現してくるんだろうか?と、それはそれで興味津々ではある。撮影段階では作り手自身がよく理解してなかったことが、あなたたちが撮影していたことは、こういうことだよ、とこれまで姿がなかったものが明解な形を持ってたち現れてくる、そしてその姿をある感動を持って眺めている、という構図。その、姿を現したもの、それこそがテーマと呼ぶべきことなのだろうと思う。

 では、全く意識していなかったか?と問うてみると、漠然と意識はしていたのだと思う。オールラッシュを見ながら、そう思う。

 さて、これまで私は様々なイベントの場で「新作は?」と問われ、「アスベスト裁判闘争を闘っている泉南の人たちを撮っています。 人の生き方を“表現者”と“生活者”というふうに分けた場合、泉南の人たちは、もろ“生活者”なわけですね。私は20代の頃、自分は“生活者”にはなりたくない、と否定的に考えていました。昭和の時代に私(たち)が作ったドキュメンタリーは“表現者”たちを描いたわけです。が平成になった今、もろ“生活者”を撮っている。これは紛れもなくジレンマなわけです。このジレンマについてズーッと考えてきました。しかしそれを越える答えが未だに見つかっていないんです」と答えてきた。

 何とも情けない話だ。まもなく生まれ出んとする作品を目前にして、まだ、その作品を支える方法論を確立できずにいるのだから。

 方法論――昭和には昭和を描く方法があるべきだろうし、平成には平成を描くべき方法があるだろうし、と考える私。昭和という時代に作った疾走プロ4作品は紛れもなく“昭和の精神を記録したドキュメンタリー”と思っている。ということは、本作は平成のドキュメンタリーであるはず、ということになる。

 だが私の実感としては、肝腎の方法論をつかめていない! 正直に言えば、本作に取り組む中で方法論を掴みたい、と願ったのだ。

 新作を編集しているときはいつだって不安なものだ。こんな作品、見てくれる人、いるんかしら? と。「極私的エロス」の時は、こんな自分自身の三角関係を描いた映画なんて観たいと思うのかなあ? という不安。「神軍」の時は、「こんな身勝手な奥崎謙三を描いた映画なんて反感を買って誰も見てもらえないんじゃないか?」という不安。まあ、基本的には私は“不安症”的な性分であるとも言えるのだが。だとしても、本作は運動の映画、今時、運動の映画が多くの人の関心と興味を引きつけるだろうか?という不安。しかも題材は、大阪の外れの小さな町の小さなグループの闘い。全国区の運動ではない。もちろん運動の本質は、決して小さくはないのだが、それは当事者の思い。受け止める一般の人たちにとっては、知名度は圧倒的に少ない。こんな“地味な”映画を観てもらえるだろうかと不安が増幅するばかり。

 もうよそう。シネマヴェーラ渋谷での完成披露上映まで、残すのは1週間。とにもかくにも、内容をブラッシュアップして、なお、2時間10分の目標の尺数を実現しなければならない。愚痴は、後回しだ。
(2016.2.5 記)
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