バックナンバー MENU 特集 RSS | 「これは、五十肩ですよ」の診断にショック! 今日、頸と腰の手術を受けた「洛和会音羽病院」に行く。退院した後も術後のチェックに定期的に通っている。 実は、一ヶ月くらい前から、急激に左腕が猛烈に痛くなり、その痛みもどんどんヒドクなっていた。 どんな痛みかというと、例えば、運転席にいて後部座席に載せていた荷物を取ろうと体を左に少し向け、左腕を伸ばそうとした途端に激痛が走る。これも車の中でのことだが、助手席がわのドアを閉めようと左腕を伸ばすと、これまた痛みが走る。さらに夜、寝る時のこと、横向きになることが多いのだが、左側を下にすると痛みが走るのだ。やむなく左側を上にすると、痛みは減るのだが。 こんなことがあった。今、メタボ対策でハイキングを再開したのだが、雨が上がった後にハイキングに行き、坂道が泥状で、スルッと滑ってしまい、思いっきりすってん!と尻餅をついたとき、左腕に激痛が走った。あまりの痛みに息が一瞬、止まってしまった。思わず涙も出てしまったくらいだ。 撮影の時も、痛みが走るのには困った。右利きな私は、パン棒を右手に握り、左手でレンズを軽く触り、バランスをとるのだが、たったこれだけのことで痛みが走り、アンバランスになってしまうのである。三脚を伸ばす、縮めるのアクションのとき、痛みをこらえなければならないのは、ツライ。 術後の痺れも消えたわけではなく、両腕とも依然として痺れ感は続いており、内心、手術の失敗ではないか、という不安が渦巻いていた。そんな中での左腕の激痛が襲ったものだから、これは間違いなく、名医と言われた高田先生だが、“上手の手から水が漏れる”の喩えもあるじゃないか、数少ない、失敗というケースなんだ。こうなったら、仕方ない、冬休みになったら再手術をしてもらおう、また1カ月の入院になるのかな、ちょっとツライけど…などと考えていた思案を繰り返していた。 一つ心配だったのは、名医と言われている高田先生に、どう言おうか、プライドを傷つけずに受け入れてもらうには、どういう話し方をするばいいんだろう、という点だった。ま、それはそうだが、自分の体のことを最も優先するべきだ、たとえ相手のプライドを傷つけても仕方ないか、と覚悟を決めていた。 その高田先生。肩のレントゲン写真を見て、次に、「左腕を上げてみて」、「後ろに回してみて」と。腕を動かすたびに、「痛いです」と私。 「ハッハッハッ! これは肩だよ。五十肩ですよ」と笑う高田先生。 「えーっ! 肩なんですか?」意表をつかれた私。 あっけにとられている私に、高田先生は、「腰も、頸も、もう大丈夫ですね。」と言い切った。コルセットも、もう外しても大丈夫、とも。高田先生の診断は、これで完治という診断だったのである。術後のチェックも、もう必要ないです、と。 「あのう、ヨガなんかもやっていいんでしょうか?」と恐る恐る聞いてみた。「いいですよ。ただ、普通の人より、軽く、ね」という返答。手術前に半年くらい、ヨガに通っていたのだ。ヨガがOKというんだから、ホントに完治したんだ、と納得。 五十肩に関しては、せっかく来たんだから今日は注射を打って痛みをちらしておきましょうかね、ということで、肩に注射を一本。4週間分の薬を出しておきましょう、もし、それでも痛みが続くようだったら、どこか整形外科に行ってみて下さい、とのこと。東京から京都の病院にくるのは大変でしょうから、私が通いやすいところでいいですよ、という意味だ。 手術のミスである、と決め付けていた私は、内心、申し訳ないです、と詫びるばかり。「ありがとうございました。」と丁重に手術のお礼を言い、病院を後にした。 その夜、大阪のホテルにチェックインして、さっそくインターネットで「五十肩」を検索してみた。なんと、私の痛みの症状、ドンピシャリ、解説にあるとおりじゃないか。力が抜けてしまった。 実際のところ、両足の痺れは、術後、ピタッとなくなっていた。が両腕の痺れは術後直後からずーっと続いていた。しかし、痺れというものは、手術をしたからといってすぐ消えるものではない、と熊本大の医師からも言われていた。半年から1年たって、やっと痺れが消えるというケースもあるそうな。そう言われていたのだが、左腕の痛みの発生で、痺れの感覚は忘れていた。なくなったわけではないのだ。今も軽く痺れ感はある。まあ、そんなわけなので、様子をみるしかない、という心境なのである。 やっと痺れが完治したという“お墨付き”をもらったというのに、新たな病気「五十肩」。今日からは、その対策に頭を悩ませることになりそうである。あーあ、とため息を繰り返すばかり…。 コメント一覧 コメントする |