Docu×Docu ドキュメンタリーという生き方 - 運営者情報
バックナンバー
MENU
特集
えいがのひけつ
シネマ塾アーカイブス
RSS
野本大監督作品『バックドロップ・クルディスタン』トークショーに出演。


東京「ポレポレ東中野」で公開中の、“日本、トルコ、ニュージーランドと国境を越えてクルド人難民家族を追ったドキュメンタリー作品『バックドロップ・クルディスタン』のイベントに出演してきた。どういう因縁で、そういう羽目になったかというと、監督が、私が日本映画学校で講師をしていたときの学生だったという関係だ。

劇場には入ってみると8割くらいの入り。夜の遅い回の上映にしては、よく入ってるではないか。監督の野本と、製作と編集で野本と組んだ大沢から、客の入りがいまいちです、と聞いていたので、心配していたのだ。

イベント自体は、野本と私の対談という形で、わずか20分足らずの時間なので、アッという間に終わった感じ。だが、こうして野本と、いい形で再会できて内心ホッとしている私。

話は3年前にさかのぼる。

日本映画学校時代の私は、自分のクラスで卒製作品の企画を決めるに当たって、じっくり学生たちと議論を尽くして決めるべく合宿を実施していた。合宿先は学生たちに探させることにしているのだが、その年は、群馬県吾妻郡嬬恋村の民宿に決まった。

決め方としては、まずは全員に、やりたい企画を提出させる。その全部に目を通して、企画として雑なものをまずハネる。さらにオモシロクなりそうなものを、ふるいにかけて残し、それぞれ学生たちにプレゼンをやらせる。そして投票、という手順。投票数が多い企画から3本を決める。そして、そのほかに、落ちた企画の中から講師である私が、これは何とか取り組んでみて欲しい、と思う企画に対して“講師選出枠”として1本選ぶことにしてある。

さて、野本が出してきた企画だが、まず、ふるいをかける段階で引っ掛かった。本人としては、「今、彼らの置かれている状況は大変なんです」と熱弁を振るうが、ことは“難民問題”。明日にでも国外退去されそうだと危機を募らせているが、その状況を撮っただけでは作品にはならないよ、と野本に迫る。「おまえな、難民問題を日本でだけ描くつもりかい?実際に現地に行ってみて理解するとか、相当突っ込んで勉強しないと分からないだろ? そこまで腹をくくってやるのか?」と。どうも、目先の状況を追うだけで精一杯のようだった。俺としては、この企画を投票段階まで持っていくことはできないよ、と彼に言い聞かした。不服そうな顔をしていたが、卒製としては仕上げの期限もあるわけで、とても期限内で終わるとも思えないし、何よりも、野本に難民問題が理解できているようには見えなかった。

この辺りの事情を本人が書いているので引用しておこう。
日本映画学校の学生だった僕は、この『バックドロップ・クルディスタン』の企画を卒業制作として提出した。企画がまだ未熟だったせいもあり、あえなく落選をしてしまった。「難民」「クルド人」というあまりにも遠く離れた存在。僕には背負いきれないとも判断されたのだろう。しかし、対象であるカザンキラン一家7人への気持ちは高まっていく一方。国連前大学前で座り込みのデモを決意した家族から、僕は目を背けることができなかった。カメラも三脚もマイクもない状態で学校を中退をした。
「neoneo」104号(2008.6.15)号


劇場公開にあたって、企画が落とされた、とアチコチの媒体で本人が書いたりインタビューに答えたりしているようで、それらを見たり聞いたりするたびに、落とした当事者である私としては苦笑い。

もう少し、3年前の話を続ける。企画が落とされた後の決断が早かった。合宿から帰ってほどなく「学校を止めます」と言ってきた。一瞬、言葉を失った私だが、「学校を止めて、一人でその企画をやるつもりかい?」と聞くと「はい。やります」と言う。堅い表情を見ながら「分かった」と私は答えた。

その後の消息は、風の便りに聞いてはいた。が助言を求めてくるというわけでもなく、3年という月日が流れていた。ある日、「お願いがあります。チラシに載せるコメントを書いて頂きたいんですが。直接会って話したいので、お時間をいただきたいんですが」という電話。

会ってみると、学校当時より、少し太ったかな、という印象。ちょっと疲れてるような風情も感じられたが、やり切ったという清々しさの方を多く感じ取った。聞けば、作品の評判も上々のようで、賞もとっていた。試写会も既に重ねているし、劇場公開に向けて着実に動いてる。逞しくやってるんだと、私としては一安心。会う前に気がかりだった、3年前に企画を落とされたという出来事を気にしているそぶりは全く無かった。

作品のDVDを借りた。作品を見て書いたコメントは、〈野本よ、「民族問題」という名の迷宮(ラビリンス)に迷い込んだな。とはいえ、彷徨(さまよ)うにも勇気とエネルギーが必要だ。だが出口は、まだまだ先だ。困難は続くだろうが、頑張れよ。野本の困難さは、世界の困難さと同質のものだから。〉

正直な感想を書いた。よく粘って作品に仕上げたことは、かつての講師としては評価してやりたい。3年前、私が懸念していた難民問題へのアプローチも、地を這うように取り組んでいた。が気になることもあった。難民問題に関して自分は無知だった、という態度を正面切って押しだし、ストーリーの中に組み込み、全面展開している点だ。結果的にはこれが、若者らしく、潔く、いっそ清々しい態度として観客に支持されたのだろうし、共感もされたのだろう。そういうふうに見る側が受け止めてくれるのは野本のキャラの得な部分だなあとも思う。だが、問題は、野本自身が、“無知な私”を演じることで、作品として成り立つという判断をしたということだ。よく言えば、逞しいとも言えるが反面、逃げの一手でもある。

まあ、今回は、いいだろう。野本本人も、この手は、処女作だけにしか通用しない、ということが分かっているだろうから。

ともあれ、あと1週間、興行は続くというので、あわてて私のブログに書いた次第。せめて少しでも観客動員のPRの足しになればいいが、と思いつつ。あまり、ならないか。東京が終わったら、大阪は「第七劇場」。そして名古屋の「シネマテーク」と広がっていく。
是非、劇場に足を運んで見てやって下さい。私からもお願いします。
コメント一覧
コメントする
お名前(必須)

メールアドレス ※管理者にのみ公開されます

ホームページ

コメント(必須)

(c)2007 Shissoh Production, Inc. All rights reserved.